1999年夏。
私は夫の仕事の関係でロンドンに住んでいました。
ある日、上司の家でひらかれるサマーパーティーの
お知らせを手に夫が帰宅しました。
どうやらパーティーはロンドンから車で1時間半ほどの
ところにある郊外の家で行われるとのこと。
お知らせの手紙にあるアドレスには通りの名前も、番地も
書いていないし、30名ぐらい集まるはずのパーティーなのに
駐車場の指定もない。「これって、たどり着けるのかしら?」と
ブツブツ言いながらロンドンから車で走ること1時間半。
門番のいるゲートをくぐり、私道を走ること3-4分。
向こうの丘には馬、手前の丘には草を食む羊。
"Parking"と張り紙がしてあるスペースにはゆうに30台は
車が停められるスペース。
そして、家があるであろう方向にむかって歩くと、そこには
こんな感じのお屋敷がたっていました。
家に一番近い部分は、ローンボーリングをする芝生。
その先には、噴水のあるフォーマルガーデン。
そしてさらに奥には広大なキッチンガーデンがあり、ズッキーニや
かぼちゃ、グリーンピースやビーツなど、ありとあらゆるものが作られていました。
はじめまして、の握手をして挨拶した夫の上司とその奥様は、
二人ともホットパンツにポロシャツというカジュアルな服装。
とってもフレンドリーで、庭でウェルカムドリンクを勧めてくれました。
この年のロンドンの夏は素晴らしい天気が続いた夏。
その、イギリスが一番美しい季節に訪れたこのカントリーハウスは、
私たちの記憶に深く深く刻まれました。
法律事務所に勤めていた夫の上司とその同僚たちは、
ほぼすべての人が"listed propery"と呼ばれる登録建造物に
住んでいました。上司の家の一部は15-16世紀に建てられた建物で、
一番新し部分も18世紀に建てられたということでした。
この日、ランチテーブルを囲みながら
「もう1年も雨漏りをしてるのに、許可が出ないから補修ができずに本当に困ってるのよ」
「あら、うちもよ。ほんと大変よね」というような会話をする皆さん。
そう、イギリスでは歴史のある建築物に住むのは大変名誉なことでありつつも、
補修をするにもいちいち許可をとってからでないと手を入れられないため、大変な
我慢と、コストとがかかるのです。
でも、そんな不便があっても、歴史ある素敵な家に住むことは
本当の豊かさを象徴することであり、この田園風景に抱かれて日常を
送ることこそが、豊かな人生の証なのです。
イギリスの郊外でタクシーに乗ったとき、
運転手さんが言った言葉を今でも鮮明に覚えています。
「ロンドンで毎日を過ごさなくてはいけないなんてなんと哀れなこと。
豊かな自然に囲まれて暮らし、昼には家に帰ってランチを楽しめる生活、
それこそが”文化的”な生活ってもんだよ」
ああ、彼らは豊かな人生とはどんな毎日を過ごすことかということを
明確に理解しているんだな、と感じました。
なんで、1時間半もかけて毎日ロンドンの中心地の法律事務所まで通うんだろう?
お金がないわけでもないのに、ロンドンにも家を持ってるのに??
最初は全然理解できなかった。
でも、イギリスの美しい田園風景を見る度に、少しづつ”文化的な”生活
ってことが、理解できるようになっていきました。
そして、じわりじわりとこの意識は私を蝕み(笑)
しまいには”田舎に家があるのは当然のことでしょ?”
と思うまでになって。
ひと夏の経験が、大きく私たちを変えた。
そんなきっかけが、私たちを田舎暮らしに導いていきました。